作品
モーツァルトは子守唄を歌わない / 1985年9月10日発行
物語の概要
ベートーヴェンが顔を出した先の楽譜屋で、一人の少女が憤慨していた。少女の父親が作曲した子守唄を、楽譜屋の主人はモーツァルト名義で発売したのだ。少女の名はシレーネ・フリース。シレーネは、父親の作品にはモーツァルトの死に関するヒントが隠れていると、信じて疑わなかった。

新作のピアノ協奏曲の発表に向けて、オーケストラ練習に勤しむベートーヴェンに、十八年前のモーツァルトの死など、どうでも良い話題であった。しかしその練習現場で、不可思議な事件が起こる。弟子のチェルニーはモーツァルトの死に由来しているではないかと憶測するし、宮廷警察まで動き出したことを知り、新曲発表に水を差されたようで、ベートーヴェンは気分が悪い。
シレーネに加え、チェルニーが連れて来た熱心なベートーヴェン信奉者、十二歳のシューベルト少年も巻き込み、事件の真相を究明する。

個性豊かな作曲家達が歴史に彩りを添える、楽譜暗号を交えた音楽ミステリー。
登場人物
ルートヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェン:作曲家、主人公
カール・チェルニー:新進気鋭のピアニスト/シレーネ・フリース:ソプラノ歌手、B・フリーズの娘/モーツァルト・ウォルフガンク・アマデウス:元オーストリア皇室王室付き学長兼宮廷室内作曲家、三十六歳で死去/アントニオ・サリエリ:宮廷楽長/フランツ・ヨーゼフ・ハイドン:作曲家/フランツ・ペーター・シューベルト:王室首都神学校の奨学生/トレーク・ドブリンガー:楽譜屋/ベルンハルト・フリース:オーストリア宮廷医官、十八年前に服毒自殺/フリードリヒ・ウィリヘルム・ゴッター:子守唄の詩の作者/アルベルト・ゴッター:フリースの親友、フリードリヒの息子/コンスタンツェ・モーツァルト:モーツァルトの妻/ヨハン・エマヌエル・シカネーダー:アン・デア・ウィーン劇場支配人、『魔笛』の台本を執筆/ゴロワズスキー:ホルン奏者/カタリーナ・カバリエーリ:サリエリの愛人、ソプラノ歌手/クリストフ・ヴァン・スィーテン男爵:ウィーンの劇場界を牛耳る実力者/チューズ:スウィーテン家の執事/ゲオルク・ニコラウス・フォン・ニッセン:コンスタンツェ・モーツァルトの婚約者、デンマーク大使館の書記官/ブルーノ:宮廷警察に従事する警部/トーマス・フランツ・クロセット:病床のモーツァルトを診た医師/マティアス・エードラー・フォン・ザラーバ:ウィーン大学医学部助教授、クロセットの親友/フランツ・アントン・シュミット:検死官/ゴスティシャ:ベートーヴェンの住居の大家/ヨゼフ:ゴスティシャの愛猫/ジーモン・ロートマイヤー:聖マルクス墓地の墓堀人/ヨゼフ・ダイナー:銀蛇亭(レストラン)の主人/バンレット:アン・デア・ウィーン劇場支配人代理/ハンス・ヨアヒム・ラムハイス:楽器工房の職人
私の読後感
お気に入り指数:★★★★
お薦め度:★★★★

本作は、ひねくれ者のベートーヴェンに、美少年のチェルニー、肥満児のシューベルトらが、スパイスの効いた駆け引きを繰り広げます。クラシック音楽に興味を持つ者にとって、下手をすれば楽譜上で睨み合いをした作曲家達の大暴れは、友達が繰り出した大冒険を眺めているような錯覚を起こします。少し頓馬で度胸のある紙面上の作曲家たちを追いながら、実際にもこんな人だったら嬉しいなぁ、と思わずにはいられません。

では、クラシックのことをほとんど知らない人にとって、つまらないものなのかと言えば、そんなことはないと私は思います。“未知の文化の新しい知識”が提示されるのが醍醐味と言われる乱歩賞作品の中には、こちらの無知が故に、長い説明部分が冗長に感じられる作品だってあります。ですが、このクラシック音楽の知識に溢れた作品は、中にはコミック・ミステリーと称する人がいるくらい、楽しく軽快に物語が進むのです。
登場人物たちの会話に吹き出しつつ、オーストリアの歴史に触れることのできるこの作品は、多面的で上質なミステリーと言えるのではないでしょうか。(こりゃ言い過ぎたか!?)

私は楽譜の暗号について、作者は読者に端から解かせる気がなかったのではないかと考えています。
楽典を所有し、半音が重なる不自然さに即座に気付き、更にはドイツ語を会得している人が、読者の多数を占めていたとは思えません。
“クラシック音楽を楽しみましょう”という、作者からの少し凝ったメッセージだったのではないかと、勝手に想像しています。
ネタバレ読後感
夫を見捨てたとされるコンスタンツェ・モールァルト未亡人を極端に嫌悪するベートーヴェンにとって、モーツァルトは音楽家としてかけがえの無い存在だったに違いありません。
モーツァルトの死の真相―彼がフリースを殺し、そして彼自身がサリエリに殺されたこと―を知ったとき、ベートーヴェンは何を思ったでしょうか。ベートーヴェンが得意とする抑揚の激しい派手な協奏曲より、静かでセンチメンタルなラプソディが似合う心情だったかもしれません。

最後にコンスタンツェは、亡き夫の行方不明になった頭蓋骨を地下室から探し当て、その愛の深さを証明します。しかし結果的に、頭蓋骨は彼女の手を離れ、地下室の爆発に巻き込まれます。
今年に入ってから、モーツァルトの本物らしき頭蓋骨が見つかった、というニュースが飛び込んできました。検証中はニュースでも頻繁に取り上げられましたが、最終的にはモーツァルトのものではないと判定されました。
もしかしたらあの時―地下室の火薬に火が放たれたとき―、地下室で砕け散ったのかもしれないな、とファン格好の妄想材料となりました。

(LastUpDate:06/22/2006)