作者による「さまよう刃」考 -中央公論インタビュー記事より-
中央公論の表紙『中央公論』5月号には、「復讐はなぜ許されないのか」という物騒な表現が踊っていました。実際には副題である「特集・犯罪被害者の声を聞け」を中心に構成されていて、復讐の是非を問う流れ、増しても、復讐を肯定するような流れには至りませんが…。

昨年末に『さまよう刃』を上梓した東野圭吾さんは、この特集で、「私が現代版"仇討ち"を描いた理由」を語っています。
発言の多くは、『さまよう刃』が刊行された直後に『週刊現代』2005/01/01号で語られていた事と重複しますが、「少年」の扱いに関しては、一歩踏み込んだ捉え方をしている点が目を引きました。
以下は、東野さんの発言をまとめたものです。

この国の「人権」尊重について
中央公論、東野さんの記事この国の「人権」尊重とは、犯罪者のそれでしかないのではないかと以前から疑問がありました。
これは、被害者やその家族の痛みへの配慮が著しく欠けていた「人権」尊重なのではないか、もっといえば正義の守り方が不公平なのではないか、とも思います。中略
この国の法律は犯罪者に有利にできているように思います。
正義を守るはずの社会システムは正しく機能しているのか。どこか大きな欠陥があるのではないか。被害者の痛みや怒りはいまの社会システムでは最後まで吸収されないんじゃないか。 犯罪自体悲しいことですが、被害者が癒されないのはもっと悲しいことです。
(『中央公論』5月号P.33下段後半部〜P.34上段)
人権を少し奪う
『さまよう刃(ISBN:4022579684)』は、一人娘を陵辱の果てに殺されてしまった父親の復讐劇を扱った物語です。 東野さんは、「家族を殺されて悔しい。復讐をしたい」という気持ちを汲み取るシステムが今の社会には存在しない点に矛盾を覚え、『さまよう刃』の執筆に至ったと述べています。ただ実際問題として、「復讐」の実現は困難である事から、東野さんは次のような代案を提示しています。
  • 加害者の出獄後は、被害者の生涯賃金に相当する額の弔慰金や賠償金を支払わせる。
  • 支払い額が莫大になるため、履行できないケースが発生するが、その場合は、「人権を少し奪う」。
では、この「人権を少し奪う」とはどういう事なのでしょうか?
メーガン法は性犯罪者に対して適用する法律ですが、それを応用して、出所後犯罪歴のある者の氏名・住所・顔写真を公開する。
「人権蹂躙」という声が当然出てくるでしょうが、そうした声には「そうなんだ、犯罪者の人権を奪うのだ」と言ってやる。犯罪者は社会から人権を奪われることで差別を受けなければならない。犯罪者はもちろん犯罪者の家族も差別される。差別されたくなければ犯罪に手を染めないことです。中略
そういう社会的制裁が科せられることで、犯罪者は社会に「復讐」されるようにするんです。
(『中央公論』5月号P.35下段後半部〜P.36上段)
私には、この「人権を少し奪う」方法に、犯罪抑止力となる程の実効性が備わっているとは思えません。犯罪者に、社会からの「復讐」を恐れるという、当たり前の感性が備わっているとは思えない、と言い換えた方が良いのかもしれませんが…。
ただ、犯罪被害者になった事もなければその遺族としての経験も持たない人間が、道徳の教科書から抜け出して来たような言葉を並べたところで何の意味もなさない事は知っています。
建前論や綺麗事を排除した意見にこそ、事態の好転に向けた妙案が潜んでいるのだと思いますし、東野さんの、「人権を少し奪う」という提案を精査する取り組みはあってもいいのでは?と感じました。
人間は本来性悪なもの
東野さんは「性善説」に対して否定的な捉え方をしています。
今の社会システムは性善説ばかりを前提にしすぎているように思われてなりません。しかし、人間は本来性悪なものをもって生まれてきているんじゃないでしょうか?放っておいたら普通の人でも悪いことをしでかしかねない。
(『中央公論』5月号P.37下段)
それ故に東野さんは、家庭や学校でのしっかりした教育の必要性を提唱しています。
インタビュー記事の中にあった「『いたずらをするとみんなに迷惑がかかる。迷惑をかけたらお仕置きが待っている』と順序だてて教えて行く」という言葉には、そんな当たり前を…とつぶやいてしまいましたが、もしかしたら今の世の中は、そういう当たり前の規範意識が欠落しているのかもしれません。
未成年の女性タレントがテレビ番組の中で子供の頃の万引き歴を披露し、大きな批判を浴びました。行為自体よりも、それを平然と口にできた常識の無さに絶句したものですが、東京都の意識調査で、「万引きは問題ではない」と考える中高生が全体の二割強に達する事を知り、「標準的な判断力さえもが備わっていない今の日本人の現状」を痛感させられました。
インタビュー記事を読んだ感想
2003年に上梓された『手紙(ISBN:4620106674)』は、この「人権を少し奪う」事が副次的な題材になっています。 個人的には相容れない価値観と映りましたし、犯罪者の家族もまた被害者、という認識が私の中には存在します。
ただ、「人権を少し奪う」事は、何の力も持たない一介の市井人に与えられた、唯一の犯罪防止策なのかもしれないと思うようにはなりました。進まない法整備・報道の自由という錦の御旗を翳して二次的・三次的な犯罪被害者を乱造するマスコミを前に、私達はあまりにも非力過ぎます。
『さまよう刃(ISBN:4022579684)』の主人公は、「復讐」によって、規範意識の欠落や少年法の不備に一石を投じようと試みました。「人権を少し奪う」事が許容される世の中になれば、この親娘の悲劇はどのように変化したかを念頭に置きながら、もう一度読み直してみようと考えています。

作品名:さまよう刃
出版社:朝日新聞社
ISBN:4022579684
内容:(asahi.comより転載)蹂躙され殺された娘の復讐のため、父は犯人の一人を殺害し逃亡する。「遺族による復讐殺人」としてマスコミも大きく取り上げる。遺族に裁く権利はあるのか?社会、マスコミそして警察まで巻き込んだ人々の心を揺さぶる復讐行の結末は!?