作者による「さまよう刃」考 -週刊現代インタビュー記事より-
『週刊現代』2005/01/01号に、「東野圭吾さんのインタビュー記事」が掲載されていました。最新刊『さまよう刃』に関するものです。
無断転載は厳に慎まなければならない事ですが、「東野圭吾さんのインタビュー記事」の「感想文」として、その内容に触れてみたいと思います。
『さまよう刃』が生まれた背景
作者は、残酷な少年犯罪が起こるたびに、こう感じていたそうです。
「この国はなんて犯罪者に甘いのだろう」 「そもそも人間を大人と子供に分けて裁くこと自体が間違っている」
人間の資質には個人差があり、しっかりした判断のできる10代もいれば、幼児的な考えしかできない大人もいます。また、どんな年齢の人間が引き起こした犯罪であっても、起こした罪の質が同じなら被害者側の痛みも共通で、子供の犯行だからといって、痛みが希釈されるものではありません。ところが現状では、「そこ(被害者側の痛み)があまりにもないがしろにされているような気がしてならない」と、東野さんは語ります。犯罪者を刑務所に入れることも、社会から彼らの存在を忘れさせるための手助けをしているような側面があると指摘しています。
「敵討ちが良い事ではないとは承知しているが、今の社会システムには大きな欠陥があり、それを何とかしなければいけないという思いを抱いていた」事から、『さまよう刃』を執筆するに至ったと、述べていました。
少年犯罪が減少しない原因
東野さんは「今の日本には少年犯罪を減らすための環境が整っていない」と感じているようです。
少年たちは、罪を犯しても大した罰がないことを知っている上に、その手口も、時代の変遷と共に洗練され巧妙化して来ています。一方の裁判所は、判例主義に偏り過ぎて、現実に即した対応を取れずにいます。その結果、マニュアルに倣って反省の態度を装う少年に対しても、相応の考慮を施した判決を下さなくてはならない状態が生まれました。これを東野さんは「大人の怠慢を逆手に取られているわけです」と論評しています。
周辺社会の責任
東野さんは「被害者にとって許せないのは罪を犯した人間があまりにも反省しない点ですが、これは彼らが自分のやったことを理解できていないから」と捉えています。傷つけた相手の直接的な痛みぐらいは認知できても、その背後の存在、*人間がいかに結び付いているかという事を想像できない点に問題の根があるようです。
少年犯罪を防ぐには、彼らの想像力から欠落した部分を周辺社会が補ってやる必要性がありますが、それを教える場所が失われつつあります。この原因については次のように述べています。
「昔は友達の家に電話を掛けるとまず親が出るから、親たちに挨拶をして替わってもらう必要があった。それは、うっとうしいことでしたが、そんな経験の中から大人や社会を知っていったものです。ところが今は携帯電話があるから子供だけで直接結び付いてしまう」
東野さんは家庭でも、日常生活の中で、社会とはどんなものかを教える機会をもつべきと警告しています。

「人間がいかに結び付いているかという事を想像できない」について…作中に登場する加害者側の少年が、P.37で、次のような心情を語っています。
「不意に人間が生きていることの意味がわかったような気がした。それは単に食べて呼吸しているだけのことではない。周りの様々な人間と繋がり、いろいろな思いをやりとりしているということなのだ。いわば蜘蛛の巣のような網の目の一つ一つになることなのだ。人が死ぬということは、そんな網から結び目が一つ消えることなのだ」

東野圭吾さんの提案
子供に社会のあり方を教える手段のひとつとして、「たまには仕事の書類などを持ち帰って、子供の目に触れる場所で読んでみてはどうでしょう」と提案しています。東野さんは、「職人だった父親の背中を日常的に見ることができた環境に感謝している」そうです。
尤も、「おとうさんは頑張っている」というような自慢話に持って行っては逆効果。 「時として大人と扱い、別の場面では子供扱いするなど、大人の都合で態度を変えることは避けるべき」であり、 まずは大人が成熟することが重要なのかもしれません」と結んでいます。
インタビュー記事を読んだ感想
東野圭吾さんの作品に触れる機会が多い方は勿論のことですが、『さまよう刃』で初めて著者の文章を読んだ方でも、作者がこの作品を書くに至った背景に関しては、正しい認識を持っていたと思います。

日本中を震撼とさせた猟奇殺人事件の犯人、当時は少年だった犯人の「退院」が決まりましたが、関係者を通じて発表されたコメントには驚かされました。
「二度と同じ過ちは繰り返しません」
これじゃまるで、万引き少年の謝罪みたいではありませんか。本来は、自分には同じ過ちを繰り返してしまうような愚かしさや弱さがあるが、心から反省し、二度とこのような事をしないと誓います、という場合に使う台詞です。彼の犯した罪は、「同じ過ち」や「繰り返さない」という表現で足りるような性質のものではないのです。関係者は更生を口にしますが、この人は未だに自分の犯した罪の重さを正確に把握していないのでは?と感じてしまいました。

少年犯罪の報に触れるたびに、怒りを通り越した激しい虚無感に襲われます。
文章によって世間の意識を問う事ができる立場にある東野さんは、出口を持たない憤怒や、自らが抱き続けて来た疑問、そしてそれに関わる未来展望を、『さまよう刃』に託しました。
まだ『さまよう刃』を手にしておられない方は、東野圭吾さんの、少年犯罪に関する読者へのメッセージを、ご自身の目で確認なさってみませんか?

作品名:さまよう刃
出版社:朝日新聞社
ISBN:4022579684
内容:(asahi.comより転載)蹂躙され殺された娘の復讐のため、父は犯人の一人を殺害し逃亡する。「遺族による復讐殺人」としてマスコミも大きく取り上げる。遺族に裁く権利はあるのか?社会、マスコミそして警察まで巻き込んだ人々の心を揺さぶる復讐行の結末は!?