さまよう刃
作品DATA
さまよう刃
  • 出版社 朝日新聞社(ISBN:4022579684)
  • 発刊日 2004/12/10
  • 文庫化 未定
  • 文庫発刊日 未定
  • Detail 
  • お薦め度 ☆☆☆☆☆
  • お気に入り指数 ☆☆☆☆
作品Outline
長峰重樹の一人娘、絵摩の死体が荒川の下流で発見された。着衣はなく、腕には注射による内出血の痕が点在していた。その後の調べで、死因は、薬物の乱用による急性心不全である事が判明する。
怒りと悲しみが全身を覆い尽くした長峰の元に一本の「密告電話」が入った。
「絵摩さんはスガノカイジとトモザキアツヤの二人に殺されました。これは悪戯電話ではありません。…」
半信半疑で真偽の確認に乗り出した長峰は、「密告電話」で名指しされた「犯人」の一人、伴崎敦也の部屋で、絵摩が男達に蹂躙される様子を録画したビデオテープを発見する。慟哭と激昂を反復させる長峰―、そこに敦也が戻って来た。

長峰重樹が警察に送った書簡がセンセーショナルに取り上げられた。長峰はその中で、伴崎敦也殺害を告白し、もう一人の「犯人」である菅野快児への復讐を果たした後に出頭すると申し述べていた。妻に先立たれ、一人娘も奪われた彼には、守るべきものも失うものも、存在してはいなかった。
被害者の父親が敢行した復讐劇に、マスコミと世間では賛否両論が飛び交うが、警察内部でも、長峰への同情論は確実に醸成されて行った。

遺族の復讐をテーマにした社会派ミステリ。意外な結末が用意されている。

暫定Review
『さまよう刃』には、幾つかの問題提起がなされています。
「復讐」という概念をどのように捉えるかという事、
「加害者」となる人間を輩出しないためには何をすべきかという事、
「少年法」と被害者感情の乖離をいかに扱うかという事、
大別すればこの三点になるでしょうか?
作者は、『週刊現代』2005/01/01号で、少年犯罪を抑制するための提言を行っています。また、『中央公論』2005年5月号では、復讐心を醸成しないような法整備とその具体策を提案しています。
両誌には、 『さまよう刃』がエンターテインメントとして上梓されたものではない事を窺わせる、作者の、熱くて重いメッセージが並んでいます。
その概要を確認なさりたい方は、下記のページにお進みください。

少年犯罪をテーマにした作品はたくさん存在しますが、『さまよう刃』には作者の本音、綺麗ごとを排した真情が込められてるという特性があります。
復讐したくなる気持ちも理解できるよね?
というような生易しい問いかけではなく、
復讐がなぜいけない?復讐を咎めるなら、復讐など思い描かないですむような法整備を心掛けよ、としています。
建前論に終始して、一向に改善の兆しが見えない現状にはうんざりだ、というところでしょう。
ゆえに、読者の方も、ワイドショーのコメンテーターのような発言は避けなければならないのですが、残念ながら私の中には、自信を持って「これだ」と言えるような回答が出来上がっていません。

少年犯罪では、氏名が公表されない・罰も成人のそれに較べれば著しく軽微、という事ぐらいは、中学生は言うに及ばす、小学生でも承知しているでしょう。インターネットによる情報収集が当たり前になってしまった今の世の中では、なまじな中高年よりも少年達の方が世知に長けている、という現状もあります。
少年法の規定を逆手に取った犯罪が横行している時代に、 精神の成熟度を年齢で計るような古典的な手法では、弊害の方が大きいのかもしれません。
ただ、少年法をちょこちょこっと突いた程度で、今の世の中が変わるとは思えないのですよね、私には。
隠蔽工作に知恵を使う少年が増えるだけのような気がします。
ではどうすれば良いか?と問われれば、『天空の蜂』の犯人が口にした「沈黙の群集」になるしかないのですが…。

『さまよう刃』を読んだ人の多くが、長峰重樹の側に立つ事はあっても、菅野路子や伴崎幸代の立場になる事はないと信じていると思います。少なくとも私はそうでした。
でもこの感情は、ある種の宗教であって、現実に即した判断とは言えません。
私事で恐縮ですが、私の母はしばしば、「うちの子に限って…」と言える人が羨ましいと嘆いておりました。
何事かあるたびに、我が子が扇動したのではないかと疑ったようです。
喫煙を知っても、他所の子に唆されたとは決して思わず、我が子に唆されて吸い始めたに違いない他所の子を思って胸を痛めるわけですから、徹底しています。
本音か深慮遠謀だったかは未だに不明ですが、子供に無為な幻想を抱かないという点に関してだけは、天晴れと賞賛したいところです。

未読の方には若干のネタばらしになってしまいますが―、
警視庁捜査一課の刑事、久塚班長の行為には不満を覚えました。
彼のした事はただの横紙破りであって、事態の好転には繋がらないものであったような気がします。
少年犯罪は、取り締まる側の人間にも憤懣やる方ない思いを醸成する、という事を伝えたかったのだと思いますが、その心情を生かす方法は他にもあったのではないかと感じました。

もし私が長峰重樹と同じような立場に置かれたとしたら、迷う事無く、同じような行動に走るでしょう。
丹沢和佳子とのチェス対戦に敗れた男の妻のような発想―、
子供を殺されただけでも十分に不幸なのに、復讐したせいで刑務所に入れられるんじゃ、割に合わないじゃない、
なんて考えは思い浮かばないと思います。
女は計算高くて男は単純という図式は、東野さんの中の定説でしかありません。女だって、子供が絡めばハードボイルドに走る事をご承知置き願いたいかと―。

2005年9月9日に更新
『さまよう刃』の登場人物一覧
長峰重樹 半導体メーカー勤務の会社員
娘を死に至らしめた強姦犯への復讐を決意し、逃亡した犯人の行方を追う。
射撃サークルに所属していた事がある。
長峰絵摩:高校一年生・不良グループに強姦された挙句に薬物中毒で死亡 / 中井誠:不良グループの一員 / 中井泰造:誠の父親 / 菅野快児:不良グループの一員・誠の中学時代の同級生・グループのリーダー的存在 / 菅野路子:快児の母親 伴崎敦也:不良グループの一員・誠の中学時代の同級生 / 伴崎幸代:敦也の母親 / 元村:アツヤの遊び仲間 / 金井美和:絵摩の同級生 / 久塚班長:警視庁捜査一課の刑事 / 織部孝史:警視庁捜査一課の刑事・久塚班 / 真野:警視庁捜査一課の刑事・久塚班 / 近藤:警視庁捜査一課の刑事・久塚班 / 川崎:警視庁捜査一課の刑事・今井班 / 倉田:警視庁捜査一課の刑事・今井班 梶原:西新井署勤務の警察官 / 丹沢和佳子:ペンション『クレセント』を手伝っている / 丹沢大志:和佳子の息子 / 丹沢祐二:和佳子の夫 / 木島隆明:ペンション『クレセント』のオーナー・和佳子の父親 / 多田野:ペンション『クレセント』のアルバイト従業員 / 藤野:長峰重樹の同僚 / 鮎村千晶:高校生・不良少年達に強姦されて自殺 / 鮎村:千晶の父親・タクシー運転手 / 鮎村一恵:千晶の母親 / 小田切和夫:『週刊アイズ』の記者 / 岩田忠広:人権派の弁護士 / 村越優佳:菅野快児の逃亡を補佐していた