手紙
作品DATA
手紙
  • 出版社 毎日新聞社(ISBN:4620106674)
  • 発刊日 2003/03/21
  • 文庫化 文藝春秋社(ISBN:4167110113)
  • 文庫発刊日 2006/10/06
  • Detail 第129回直木賞候補作
    2006年に映画化 キャスト:武島直貴(山田孝之) / 武島剛志(玉山鉄二) / 白石由実子(沢尻エリカ)
  • お薦め度 ☆☆☆☆☆
  • お気に入り指数 ☆
作品Outline
武島剛志は心優しい青年だったが、弟、直貴の大学進学を切望するがあまりに、強盗殺人という大罪を犯してしまう。体調を悪くした剛志は、弟の教育費を捻出する術を失っていた。この兄弟には、親がいない。
殺人犯の弟となった直貴の、苦難に満ちた生活が始まった。仲間と共に培った夢を奪われ、愛して止まない恋人にも、自らが背を向けるしかない状況に追い込まれる。職場や周辺社会では、偏見に満ちた視線と、差別感に基づいた評価が渦巻く日常を余儀なくされた。
月に一通ずつ届く剛志からの手紙は、次第に、直貴の心を波立たせるだけのものになって行く。自分のために犯罪者にさせたという贖罪の意識が薄れ、憎悪ばかりが増長し続けた。

犯罪者の弟という運命を背負わされる事となった主人公の、不条理な日常を綴った意欲作。差別や偏見の醸成は避けられない現実である事を悟った武島直貴が、新たな一歩を踏み出すまでを追う。

作品Review
正直に言いましょう。私はこの作品が嫌いです。

大きな感動を得られる作品だとは思います。
終章ではいつも泣かされます。
剛志が甘栗にさえ目を止めていなければと―、言わずもがなの繰言が口をつきます。 剛志がそれを手にしていなければ、この物語も存在し得ないわけですが、そんな詮無い事を考えるぐらい、深く感情移入してしまう作品です。
文藝春秋社から出版された本ではないにも関わらず、『手紙』は第129回直木賞候補作に推されました。
読者からの評判も高い作品です。
でも私は、作中人物である平野の口ぶりを真似るなら「この本のことを嫌いにならなきゃいけなんだ」と思っています。

作者は、著者の一言コメントで、「私に娘がいて、彼女の恋人が犯罪者の弟だとしたら、結婚には絶対に反対する」と述べています。
私が初めて『手紙』を読んだ時には、このコメントはまだ公開されていなかったのですが、作者がこうした意識を持っているだろうという事は、容易に想像できました。直貴の勤務先である新星電機の社長、平野が、作者の価値観を投影する存在と映ったからです。

その平野社長は、次のような言葉を残しています。

  • 差別はね、当然なんだよ。
  • 犯罪者やそれに近い人間を排除するするというのは、しごくまっとうな行為なんだ。
  • 我々は君のことを差別しなきゃならんのだ。自分が罪を犯せば家族をも苦しめることになる―すべての犯罪者にそう思い知らせるためにもね。
建前論に終始したところで、直貴が救われる事はありません。忌憚のない本音を伝える事は、とても残酷な行為のようでいて、実は、最も心温かい振る舞いなのだとも思います。ただ、だからと言って「そうだそうだ」と首肯する気持ちにはなれません。

東野圭吾さん自身も、『中央公論』2005年5月号で以下の発言を行っています。

メーガン法は性犯罪者に対して適用する法律ですが、それを応用して、出所後犯罪歴のある者の氏名・住所・顔写真を公開する。
「人権蹂躙」という声が当然出てくるでしょうが、そうした声には「そうなんだ、犯罪者の人権を奪うのだ」と言ってやる。犯罪者は社会から人権を奪われることで差別を受けなければならない。犯罪者はもちろん犯罪者の家族も差別される。差別されたくなければ犯罪に手を染めないことです。中略
そういう社会的制裁が科せられることで、犯罪者は社会に「復讐」されるようにするんです。
これは「(犯罪被害者の)復讐はなぜ許されないのか」というテーマを元にした意見なので、敢えて過激な表現を用いているのではないかと思います。ただ、『手紙』の平野社長の発言は、東野さん自らの信念に基づいた言葉である事は確認できます。

加害者家族への差別を肯定する事で、犯罪発生率が大幅に減少するというのではあれば、それでも差別はいけないと言い切れる自信はありません。
時流に添った法整備がなされているとは思えない現状では、東野さんの、「人権を少し奪う」という提案を精査する取り組みぐらいはあってもいいのでは?とも感じています。
ただ、一足飛びに、社会からの私刑を容認し、加害家族にもそれを受諾させようとする『手紙』は、やはり好きにはなれません。
エンターテイメントとして楽しむならばもっと違う解釈も可能でなのでしょうが、これは社会派小説だと思っていますから…。

苦手だと感じた本は、何度も読み返すようにしています(東野圭吾作品限定です)。作者の意図するところを見損じていてはいけないと思うからです。
その回数が両手・両足の指では間に合わなくなる頃には、もしかしたら違う感想を口にしているのかもしれませんが、現時点では、Worst Oneに燦然と輝く『手紙』なのであります。

2005年8月26日に更新
作品Review
武島直貴 事件発生当時は高校生
武島剛志:直貴の兄・殺人事件を起こして刑務所に収監される / 緒方敏江:剛志が殺害した資産家の老女 / 梅村教諭:直貴の高校の担任教師 / 江上:直貴の高校の同級生 / 福本:金属廃棄処理場の責任者 / 立野:金属廃棄処理場の作業員・直貴の勤務先の同僚 / 倉田:東西自動車の季節労働者・直貴と寮で相部屋 / 白石由実子:東西自動車の現場従業員 / 寺尾裕輔:直貴のバンド仲間・通信大学の同級生 / コータ:直貴のバンド仲間 / ケンイチ:直貴のバンド仲間 / アツシ:直貴のバンド仲間 / 根津:業界最大手のレーベル「リカルド」に勤務 / 中条朝美:資産家の娘 / 中条家当主:大手医療機器メーカーの役員・朝美の父親 / 中条京子:朝美の母親 / 嘉島孝文:朝美の従兄 / 野田:新星電機パソコン売り場の従業員 / 河村:新星電機パソコン売り場の責任者 / 古川:ゲーム機窃盗事件の担当刑事 / 平野:新星電機の社長 / 植木:新星電機家電売り場の従業員 / 町谷:新星電機の従業員 / 前田:新星電機の従業員 / 前山夫妻:強盗傷害犯の親 / 緒方忠夫:緒方敏江の息子 / 武島実紀:直貴の長女