美しき凶器
作品DATA
美しき凶器
  • 出版社 光文社/カッパノベルス(ISBN:4334070078)
  • 発刊日 1992/10/25
  • 文庫化 光文社文庫(ISBN:4334723683)
  • 文庫発刊日 1997/03/20
  • お薦め度 ☆☆☆
  • お気に入り指数 ☆☆☆☆
作品Outline
安生拓馬・丹羽潤也・日浦有介・佐倉翔子の4人は、自分たちの悪しき過去を隠蔽するために、放火殺人という大罪を犯してしまう。計画の齟齬がもたらした結果であり、彼らにとっても、それは不測の出来事と言えた。
大きな犠牲を払って勝ち取った安寧、となる筈だったが、彼らが殺害した仙堂之則の弟子が復讐に乗り出した事で、状況は一変する。犯罪者となってしまって彼らには、警察の保護を求める事ができない。
毒蜘蛛(タランチュラ)と名付けられた復讐鬼は、着々とその目的を果たして行くが、その結末には意外な真実が隠されていた。

アマチュアスポーツ界の暗部を描いた、異色の傑作ミステリ。

作品Review
作者が、「自分でもあまりいい出来映えじゃない」と語っていますし、刊行当時の評判も果々しくはなかったのですが、私は充実した時間を得られました。

『美しき凶器』は、ドーピングによって超人的な運動能力を得た七種競技の選手、タランチュラが主人公の物語です。1989年刊行の『鳥人計画』でも、アマチュアスポーツ界の暗部が描かれていましたが、本作では、肉体改造を施された人々にも視点を持たせ、この問題により深く踏み込んだ内容になっています。

Jackie Joyner-Kersee東野さんは、主人公はジャッキー・ジョイナー・カーシー(右写真)をイメージして書いたと語っています。
ソウル五輪での印象が鮮烈だったせいか、私も、彼女を脳裏に描きながら本書を読みました。タランチュラの雰囲気はありませんし、槍投げも、本書の主人公程には巧くもなく、というよりは寧ろ、下手な部類に属していましたが…。
ジャッキー・ジョイナー・カーシーは、もう一人のジョイナーの影に隠れてしまった形になり、同時代のカール・ルイスや義姉ほどには持て囃されませんでした。しかし、実績と言う点では全く引けを取りませんし、 次世代の育成にも大きく貢献しています。あのマリオン・ジョーンズに、「(ジャッキー・ジョイナー・カーシーは)私の最大のヒロイン」と言わしめました。
ソウル五輪で彼女が出した七種競技の世界記録は、義姉と同様に、未だに(2005年現在)破られていません。

2002年にソルトレークシティで開催された冬季オリンピックでは、本書でも紹介されている、血液ドーピングに因る失格者が生まれました。今後は、更に進化したドーピング、遺伝子ドーピングが行われるのではないかという懸念も囁かれています。1992年の発売時にはSFの世界のキャラクターのように思えた『美しき凶器』の主人公も、今では、十分に存在し得る対象になったわけです。
東野作品には、時代が後から付いて来るものが少なくありません。本書の刊行が、室伏光治さんの金メダル繰り上げ問題に揺れたアテネ五輪以降であったなら、もっと広範囲な理解が得られたものをと、少し残念に思います。

本書には、善をなすための行為が、殆ど存在しません。
不法な肉体改造の事実を秘匿するため、ドーピングを施した医師、仙道之則を死に至らしめた4人の元スポーツ選手。
庇護者であり、恋人でもあった仙道之則を殺され、復讐心に燃えるタランチュラ。
両者の戦いは不毛の一言に尽きますが、彼らの心情を全く理解できないかと言えば、決してそんなことはありません。アマチュアスポーツを美化し過ぎることの罪を、社会全体が潔く認めるべきではないか、などと、言わずもがなの思いに耽った3時間余りでした。

『美しき凶器』の結末はとても悲しいものです。主人公、タランチュラには中絶ドーピングが施されていましたが、彼女に与えられた運命の過酷さ・傷ましさを如実に物語るラストシーンでした。
名著ではないかもしれませんが、読者の心に訴え掛けるものが多い良著だと思います。

2005年11月6日に更新
『美しき凶器』の登場人物一覧
タランチュラ(20歳前後) カナダ出身の女性・7種競技の選手
仙道之則から肉体改造を施される
驚異的な運動力を持つ
仙道之則:医師・スポーツ選手の肉体改造に携わる・安生拓馬ら4人に殺害される / 安生拓馬:重量挙げの元日本チャンピオン・高級アスレチッククラブの取締役 / 丹羽潤也:元陸上短距離選手・桂化学工業陸上部のコーチ / 日浦有介:元陸上ハードル選手・スポーツライター / 佐倉翔子:元体操選手・スポーツキャスター / 小笠原彰:元スキー選手・自宅で感電死自殺 / 日浦小夜子:日浦有介の妻 / 茶色い髪をした男:赤い四輪駆動車を運転・タランチュラに絞殺される / 髪を逆立てた男:赤い四輪駆動車の同乗者・タランチュラに射殺される / 芦田善一:安生拓馬の岳父・高級アスレチッククラブのオーナー / 安生恵美子:安生拓馬の妻・芦田善一の娘 / 村山宏和:JOCの科学委員 / 光本:JOCの科学委員 / 中斎教授:帝都大学勤務・運動力学の権威 / 中原友実子:短距離の選手・桂化学工業陸上部所属 / 田村:桂化学工業陸上部所属の女子部員 / 伊吹:桂化学工業陸上部の監督 / 牧田富和:暴走族のリーダー・集団でタランチュラを襲うが、射殺される / 暴走族のメンバー:タランチュラに殴打され、意識不明の重体 / 鈴木三枝子:日浦有介の元住居の現住人・タランチュラに軟禁状態に置かれる / 吉村幸雄:警察官・派出所勤務 / 紫藤巡査部長:山梨県警勤務・事件の担当捜査官: / 山科警部:山梨県警勤務・事件の担当捜査官 / 加藤捜査一課長:山梨県警勤務・事件の担当捜査官 / 金井刑事:山梨県警勤務・所轄署の捜査員 / 紺野警視:警視庁捜査一課勤務・事件の担当捜査官 / 日下警部:神奈川県警勤務・事件の担当捜査官 / 根岸警部補:警視庁捜査一課勤務・事件の担当捜査官 / 田代刑事:成城署勤務・所轄署の捜査員 / 小寺警部:警視庁捜査一課勤務・事件の担当捜査官 / 木越刑事:警視庁捜査一課勤務・事件の担当捜査官 / 古沢刑事:警視庁捜査一課勤務・事件の担当捜査官 / 鈴木警視:警視庁第八本部の責任者 / 高山刑事:警視庁捜査一課勤務・事件の担当捜査官