回廊亭の殺人
作品DATA
回廊亭の殺人 出版社 光文社/カッパノベルス(ISBN:4334029329)
発刊日 1991/07/25
文庫化 光文社文庫(ISBN:4334719686)
文庫発刊日 1994/11/20
Detail 文庫化の際に『回廊亭殺人事件』と改題
お薦め度 ☆☆☆
お気に入り指数 ☆☆☆☆
作品Outline
「私」は回廊亭に戻って来た。「私」の人生最良の日々を奪った人間に、復讐を果たすためである。「私」のジローを殺した人間はこの中にいる。

回廊亭には、莫大な財産を残して死んだ一ヶ原高顕の縁故者が集結していた。高顕の遺言状が公開される日を迎えたためである。
「私」――桐生枝梨子は、縁故者の一員である本間菊代になりすまして回廊亭に乗り込み、復讐相手をあぶり出すための罠を仕掛ける。目指す相手は枝梨子の術中にはまり、彼女の復讐譚は成功裡に終わるかに思えたが、予想だにしない展開が待ち受けていた。

一人称一視点で描かれる、叙述形式の本格長編推理小説。

作品Review
本作の主人公は、何者かの姦計に嵌り、恋人を失ったばかりか自らも大火傷を負ってしまいます。犯人の計画の中には、主人公の殺害も含まれていましたが、そちらは未遂に終わりました。
自分の命以上に大切なものを奪われたと感じた彼女は、別人になりすまして犯人を捜し、その何者かに復讐することを決意します。

東野さんは、『変装―私は3年間老人だった(朝日出版社/1988)』を参考になさったのでしょうか?この本(『変装―私は3年間老人だった』)では、26歳の新進工業デザイナーが、80歳を越えた老婦人に変身しています。作品名はないものの、作中にも、「外人女性のノンフィクション小説に、老婆に変装して何年間も生活したという話がある」と記されています。
酷い火傷で皮膚の輝きを失った32歳の女性、桐生枝梨子が70歳に満たない年配女性の本間菊代を演じる方が、くだんの工業デザイナーが80歳の老女になりすますよりも、僅かではありますが、ハードルは低いでしょう。

本作の主人公は、醜女の部類に属する女性のようです。性格も狷介で、協調性や柔軟性を欠く傾向が見受けられます。けれども、魅力の一欠片も感じさせない人物、というわけではありません。
彼女は、スキルアップへの努力を惜しまず、自他を不要に阿ることをせず、職務には真摯な姿勢で携わる女性でした。そのため、勤務先の社長である一ヶ原高顕や、その存在になりすますことになった本間菊代からは、大きな信望と信頼を得ていました。一ヶ原高顕に至っては、彼女を再婚相手にと考えていたぐらいです。

枝梨子がもう少し計算高い女性であったなら―、
それでは物語が成立しないことも忘れて、言わずもがなの繰言が口を突く作品でした。
でもその一方で、桐生枝梨子の破滅的とも思える価値観に、潔さみたいなものを感じました。

恵まれない容姿に嘲りを受けた女性が、その屈辱をバネに、職業人としての大成を目指す。 ところが、最終的には、努力の甲斐あって認められた能力よりも生身の女としての評価を望んでしまう。
馬鹿な女だと思いますし、カッコ悪い生き方だとも思いますが、肝腎な時に当たり前の計算ができない桐生枝梨子に、少しだけですが、眩しさを覚えました。

東野圭吾さんは、「女性心理を描くことが苦手」と公言しています。
公式ホームページ(現在は稼動していない)の著者の一言コメントでは、「女性を主人公にするのは今後はやめたほうがいいかなとさえ思った」と語っておられましたし、2006年の初頭に発売された『野性時代』の『東野圭吾自身が語る全作品解説』にも、同様の発言が残っています。
ところが私には、東野さんが「巧く書けていないかもしれない」と語る女性登場人物が――、本作の桐生枝梨子、『分身』の氏家鞠子と小林双葉、『幻夜』の倉田頼江等が、他の作品以上に素晴らしく映ります。私の嗜好に歪みがあるのかもしれませんが…。

日常的な作業に「掃除」という項目が入っているならしくじることはなかっただろうと思わせる要素で、主人公は躓きます。また、「ジローのための復讐」の背景には、蓋然性に欠けた、観念的とも思える感覚が横たわっていました。
つまりこの物語は、特異な女性の異形の世界を描いた作品、ということになるのだろうと思います。読後感が良いとは言いかねる作品でもあります。
でも私には、「何となく分かるような気がするよ、あなたの気持ち」と言いたくなるような作品でした。
仮に同じ目に遭っても、彼女を倣うことはないでしょうが…。

2006年7月24日に更新
『回廊亭の殺人』の登場人物一覧
桐生枝梨子(32歳) 故一ヶ原高顕の元秘書
一ヶ原高顕:故人・一代で財を成し莫大な遺産を残す / 里中二郎:桐生枝梨子の恋人 / 本間菊代:故人・身寄りがない事による孤独死の後、桐生枝梨子が変装でなりすます / 本間重太郎:故人・菊代の夫・一ヶ原高顕の恩人 / 一ヶ原蒼介:大学教授・高顕の弟 / 一ヶ原健彦:蒼介の息子・演劇関係の仕事 / 一ヶ原直之:高顕の後継者・高顕の異母弟 / 藤森曜子:高顕の妹 / 藤森加奈江:曜子の娘 / 一ヶ原紀代美:高顕の義妹 / 一ヶ原由香:紀代美の娘 / 古木弁護士:一ヶ原高顕の顧問弁護士 / 小林真穂:回廊亭の女将 / 鰺沢弘美:古木弁護士の助手 / 矢崎警部:事件の担当捜査官