秘密
作品DATA
秘密
  • 出版社 文藝春秋社(ISBN:4163179208)
  • 発刊日 1998/09/10
  • 文庫化 文春文庫(ISBN:4167110067)
  • 文庫発刊日 2001/05/10
  • Detail 第52回日本推理作家協会賞受賞 / 第120回直木賞候補作
    文庫の解説は広末涼子さんと皆川博子さん
    1999年に映画化  出演:広末涼子(杉田藻奈美) / 小林薫(杉田平介) / 岸本加世子(杉田直子)
  • お薦め度 ☆☆☆☆☆
  • お気に入り指数 ☆☆☆☆☆
作品Outline
杉田平介の妻子、直子と藻奈美が、スキーバスの転落事故に遭い、現地の病院に収容された。駆け付けた平介に看取られながら、直子は息を引き取る。母親が身を挺して守った藻奈美は、意識の混濁はあるものの、無傷に近い状態で救出されていた。
眠ったままの状態が続く娘の病室で、妻の名前を呼びながら涙する平介に、時ならぬ声が響いた。「あなた、ここ、……よ」―。
藻奈美の体には、直子の精神が宿っていた。平介は、娘の肉体を借りた妻との、不思議な生活をスタートさせた。

深い愛情に内在する悲哀と苦悩、そして希望を、丁寧な筆致で描いた、切なさの漂う長編ミステリ。

作品Review
初めてこの本を読んだ時には、藻奈美が直子になりすましているものと思い込んで、ページをめくって行きました。 柔軟性に欠ける私の頭では、「憑依」という超自然現象を受け入れるよりも、慟哭する父親を哀れに感じた娘の演技とした方が、理に適っていると思われたからです。
娘が母親の口調や仕草を真似るのは、それ程困難な事ではありません。両親の想い出秘話も、女の子の場合は、母親から教えられているケースが少なくないでしょう。ただ、夫婦間の機微に触れた話題が登場するに及んで、この不思議な事態を受け入れないわけには行かなくなりました。

東野さんは当初、『秘密』をお笑い路線に乗せる計画を持っていたようです。
出来上がった作品は正反対の様相を呈するものとなりましたが、その名残なのか、序盤にはコミカルな雰囲気が漂う記述も少なくありません。
夫婦の置かれた状況は非常に切ないものであるにも関わらず、読者には、生真面目な二人の真剣なやり取りが滑稽と映ります。
ところが、中盤以降は状況が一変します。ずっとずっと変わらない二人で居て欲しかった私には、胸が塞がれるような出来事が相次ぎました。

何度も読み返している『秘密』ですが、その時々で、少しずつ違った印象が生まれています。
平介の視点で描かれている物語なので、彼の心情を汲んだ解釈になってしまうという点には大きな変化がありませんが、直子に対する感情は常に流動的です。身勝手だ、残酷だ、と感じる事もあれば、彼女の苦悩は平介の比ではなかっただろうと思う事もあります。 「秘密」の抱え方一つを例に取っても、なぜそんな齟齬をきたす方法を選んだのだと憤る場合もあれば、平介に気付いて欲しかったからに違いないと、その心情を慮って、涙の大放出に至る場合もあります。
『秘密』は、読み手の置かれた立場によって、また同じ読み手ではあっても、折々の心境によって、読後感が大きく異なってしまう物語です。初めてこの本を読み終えた時には、あまりにも虚し過ぎる結末に、素晴らしい作品ではあるが、再読する事はないだろうと考えていました。でも、人間とは不可解なもの、繰り返し手にしては、新しい感慨との出会いを楽しんでいます。

『秘密』は、映画版でも高い評価を受けました。
原作の読者の中には釈然としないものを感じた方もおられるでしょうが、私は楽しく鑑賞できました。

スキーバスの転落事故が起こったのは1985年―、直子が、喪った自分の年齢に到達する日が迫って来ました。36歳の3月を迎えたら、『秘密 その後』とでも題した手記を書いてくれないかと思うのですが、平介に阻止されるかしら!?

2005年8月22日に更新
『秘密』の登場人物一覧
杉田平介 自動車部品メーカーの生産工場勤務
杉田直子:平介の妻・専業主婦 / 杉田藻奈美:平介の娘 / 三郎:直子の実父 / 容子:直子の姉 / 橋本多恵子:藻奈美の担任教師 / 川上クニ子:藻奈美の小学校のクラスメイト / 吉本和子:隣家の主婦 / 向井:(バス事故)被害者の会の弁護士 / 梶川征子:バス運転手(死亡)の妻 / 梶川逸美:征子の娘 / 林田:被害者の会の幹事 / 山本ゆかり:被害者の会の幹事 / 藤崎和郎:被害者の会のメンバー・事故で娘二人を亡くす / 中尾達夫:平介の同僚 / 拓朗:平介の同僚 / 木島:平介の同僚 / 川辺:平介の同僚 / 小坂:平介の上司・平介と直子の仲人 / 富井:大黒交通総務部長 / 笠松:大黒交通運行管理部長 / 根岸典子:梶川運転手の前妻 / 根岸文也:典子の息子・大学生 / 相馬春樹:藻奈美の高校のテニス部員 / 笠原由里絵:藻奈美の高校のクラスメイト / 松野浩三:松野時計店店主