分身
作品DATA
分身
  • 出版社 集英社(ISBN:4087485196)
  • 発刊日 1993/09/25
  • 文庫化 集英社文庫(ISBN:4087485196)
  • 文庫発刊日 1996/09/25
  • Detail 「小説すばる」に連載時のタイトルは『ドッペルゲンガー症候群』   文庫の解説は細谷正充さん
  • お薦め度 ☆☆☆☆☆
  • お気に入り指数 ☆☆☆☆☆
作品Outline
函館に住む氏家鞠子は、母親が垣間見せる物憂い表情に、得体の知れぬ不安を膨らませていたが、やがてそれは現実のものとなる。
鞠子が中学1年の冬に、母、静恵は、自らが放った業火に包まれて亡くなった。鞠子と父親は救出されたが、静恵が一家心中を図った事は明確だった。
なぜ鞠子の母親は、破綻の道を選ばねばならなかったのか!?

石神井公園近くのアパートで暮らす小林双葉は、母、志保の反対を押し切って、テレビのオーディション番組に出演した。アマチュアバンドのヴォーカルである彼女には、自分の将来を伺う絶好の機会だったのである。志保の反応は、想像した以上に深刻なものだった。自分の出生の秘密にも関係がありそうだ。
双葉は、テレビ出演で、パンドラの箱を開けてしまったのか!?

氏家鞠子と小林双葉の二視点で描かれた長編サスペンス。

作品Review
友人の子供が、3〜4歳の頃によくこんなことを言っていました。
「僕の本当のママはどこにいるの?早く本当のママのところに連れて行って!」
彼は、本気で親子関係を疑っていたわけではないようです。親の揺ぎない愛を確信した上での抗議行動、単なる「いやがらせ」と友人に教えられ、 こんな幼い子供でもこれほどの知恵が回るものなのかと、驚嘆したものでした。

子供というものは、家族から深く愛されているという自信をベースにして、アイデンティティを確立して行きます。ところが、主人公の一人である氏家鞠子は違いました。彼女は、小学生の頃から、自分と母親との関係に漠然とした危機感を抱き続けています。
親子関係が存在するか否かよりも、そうした不安を持ちながら生活しなければならない鞠子に対し、強い哀切の情を、感じずにはいられませんでした。

もう一人の主人公である小林双葉は、父親がいないという身の上を苛めの道具にされても、「(苛める人々は)あんたのことが羨ましいんだから」と豪快に笑う母親に育てられました。双葉の母、志保は、娘のテレビ出演に激しい拒絶反応を示しますが、娘はその命に背きます。親の愛情を疑わない子供の多くがそうであるように、双葉にも、「許されるだろう」という予断がありました。しかしその結果、双葉は一番大切のものを失ってしまいます。
双葉の深い悲しみや怒り、苦悩がシンクロし、胸が塞ぎました。

刊行当時の『分身』には、「どうせ出来るわけのない架空の話」との評価があったようですが、私には、寧ろ全く正反対の読後感がありました。
もしかしたら、世界のどこかではもう、鞠子や双葉のような境遇の人間が存在しているかもしれない―。
ただ、当時は、作者の卓抜たる先見性に応えるだけの知恵も知識もなかったために、お粗末な想像力によって醸成された、甘い認識しか導き出すことができませんでした。
科学の力を用いた生命操作に、大きな抵抗感を持たなかった、という意味です。

本作は、1993年に上梓された作品ですが、今の時代だからこそ面白い、と思える内容を数多く含んでいます。未読の方には、是非にとお薦めしたい一冊です。

2005年11月20日に更新
ネタバレReview
未読の方には申し訳ない内容になっています。「読んでやってもいい」と思われる方は↑のタイトルをclickしてください。
『分身』の登場人物一覧
氏家鞠子(19歳) 札幌の女子大学英文科に在籍
小林双葉(20歳) 東和大学文学部国文学科に在籍
氏家清:鞠子の父親・帝都大学医学部出身・函館理科大学勤務・発生工学を専門にする研究者 / 氏家静江:鞠子の母親・自宅の家事で焼死 / 小林志保:双葉の母親・看護師 / 春子さん:鞠子の先輩・中学一年時に寄宿舎で同室 / 鈴江さん:鞠子の先輩・中学一年時に寄宿舎で同室 / シスター細野:寄宿舎の寮長 / 望月ユタカ:双葉のバンド仲間・ギター担当 / カンタ:双葉のバンド仲間・ドラム担当 / トモヒロ:双葉のバンド仲間・ベース担当 / 叔父:氏家静江の実弟・大学生になった鞠子の下宿先 / :鞠子の従妹・高校生・母方の叔父の娘 / 伯父:小林志保の実兄・鉄工所経営 / 長江:小林志保の女子高時代の友人 / クリコ:双葉の友人・大学生 / 横井:鞠子の知人・北大生 / 下条:帝都大学医学部の学生・鞠子の調査をサポート・横井の高校の先輩 / 梅津正芳:帝都大学医学部教授・氏家清の大学時代の友人 / 笠原教授:帝都大学勤務・ハイキングサークルの元メンバー / 清水宏久:故人・帝都大学出身・山歩会のメンバー / 清水夫人:清水宏久の妻 / 畑村啓一:帝都大学出身・山歩会のメンバー / 久能俊晴:故人・旭川にある北斗医科大学の元教授 / 藤村教授:北斗医科大学勤務・発生工学の研究者 / 尾崎助手:北斗医科大学勤務・藤村の研究室に所属 / 山本助手:函館理科大学に勤務 / 伊原駿策:元首相・政権政党の派閥の領袖 / 伊原仁志:伊原駿策の息子・9歳の時に先天性免疫不全で死亡 / 大道庸平:伊原駿策の第一秘書 / サカマキ:柑橘系のコロンを付けた男 / 脇坂講介:聡明社(出版社)の編集者・双葉の北海道行をサポート / 高城康之:故人・帝都大学出身 / 高城老人:高城康之の父親・聡明社の元社主 / 高城(旧姓阿部)晶子:康之の妻・聡明社の社主