宿命- ラスト一行の意味 -
『宿命』のラスト一行って、どう解釈すれば良いかが判らないから教えて。
幼い頃から謂れのない敵愾心を抱き続け、互いを宿命のライバルと位置付けて来た2人の思いに終止符を打つ言葉、と捉える人が多いようです。ただ、細部の解釈に関しては意見が分かれます。
先に生まれた方を兄と解釈する場合
  • あらゆる分野で瓜生晃彦の後塵を拝する事となった和倉勇作だが、生まれた順序だけは先んじたという競争原理に基いた言葉であった。
  • 数字に現れる評価では優位に立っていたものの、精神的な充足感は得られなかった瓜生晃彦が、自身のコンプレックスの要因を知り、安寧を得た末の言葉であった。固定観念の中にある兄弟像―、人望があり度量も大きい兄と、俊英ではあっても器では適わない弟、という既成の兄弟像が自分たちにも当てはまっていたと感じ、それが微苦笑を伴わせた。
母体への着床が早かった方を兄と解釈する場合(後から生まれた方を兄と解釈する場合)
  • 数字に現れる評価では優位に立っていたものの、人望の厚い和倉勇作に対して強いコンプレックスを抱き続け、更には愛する女性に関しても遅れを取った瓜生晃彦だが、兄弟関係においては自分が勝ったという競争原理に基いた言葉であった。

個人的には、二人の中に生まれた心の温もりを、端的に言い表した台詞だと思っています。
彼らは、二卵性双生児であったという事実に、自分達なりの感銘を受けていたはずです。ところが、それに準じた会話が全く出て来ません。互いを評価し合う雰囲気は醸成されて行くものの、よそよそしさは払拭できず、積年の敵対心は容易には解消しないという事なのか?と思わせました。浪花節的な展開を望む訳ではありませんが、もう少し情感を誘う表現があっても良いのに、というもどかしさも募って行きました。
ところが、最後の最後に、兄弟であった事実を慈しむような会話が交わされます。晃彦へのわだかまりを霧散させた勇作が、「君と兄弟で良かった」という思いを込めて言った台詞が「先に生まれたのはどっちだ?」だと感じました。それに対する晃彦も、「僕も兄弟であった宿命を喜んでいるよ、兄さん」という思いを込めて「君の方だ」と笑いながら返したものと解釈しました。

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