白夜行- 残された謎の解明に挑む!? -
謎の解明に挑む!?
『白夜行』には、最終判断を読者の想像力に委ねた「謎」が数多く存在します。主人公の二人、雪穂と亮司の内奥を語る記述がないためです。
行間にヒントが隠されている場合もあれば、作者自身にも答えの用意がないのでは?と思われるものもありますが、独断と偏見を駆使して、解明作業に取り組みました。(いや、「取り組む」なんて言葉に相応しい事は何ひとつやっていませんが…)
異論・反論・批判・憤懣etcは、掲示板までお願いいたします。

ネタバレ予告
『白夜行』をまだ読んでいない方が閲覧された場合には、不都合な事態が発生してしまいます。予め、ご承知おきください。

『白夜行』に残された謎
本文中で解明されなかった謎には以下のようなものが挙げられます。 該当項目をクリックしていただくと、検証箇所に進みます。
提示した「謎」の順に閲覧できる形式を取っていますが、興味のある項目だけ点検したい、という方は、ページ内リンクをご利用ください。
桐原洋介の殺害は偶発的なものであったか?
笹垣潤三の推理の流れは以下のようになっています。
  1. 洋介には「少女偏愛症」があった。
  2. 洋介が西本母子のアパートに通っていた目的は、雪穂にあった。
  3. 雪穂は、事件当日までにも、何度か洋介との性交渉を持っていた。
  4. 雪穂は、洋介以外の男(雑貨商の寺崎忠夫)とも性交渉を持っていた。
  5. 洋介は、雪穂を独占したいと考え、母親の文代に100万円を支払った。
  6. 洋介は、雪穂を図書館に迎えに行き、事の経緯を彼女に説明した。
  7. 洋介は、雪穂を廃墟ビルに誘い込み、行為に及んだ。
  8. 偶然2人の姿を見つけた亮司は、その行為を目撃した。
  9. 洋介への憎悪を爆発させた亮司は、愛用の鋏で洋介を殺害した。
  10. 亮司は隠蔽工作を施した後、ダクト経由で現場から脱出した。
この、6・7番の推理は、蓋然性を欠いたものです。
100万円と手土産(プリンアラモード)を持参して母子のアパートを訪れた洋介が、「独占契約の話」やその後の「性交渉」のために、「わざわざ」場所を移す事の必要性が存在しないからです。
犯行時刻に、文代が公園に居た事も、7番の推理の不自然さを物語っています。「娘を売った」失意による行動とも取れますが、「2人のために部屋を空ける必要があった」と解釈する方が自然です。

廃墟ビルに誘ったのは雪穂であった、と考えれば、洋介と文代の行動にも整合性が生まれます。
この場合は、亮司との事前共謀の有無が問題になりますが、「あった」と考えた方が、自然でしょう。雪穂の独自判断だとすれば、亮司に二人の姿を見せ、殺意を醸成させ、実行に踏み切らせるという、不確実な要素に頼り過ぎた行動になってしまうからです。笹垣が想像した8番に近い状況が事件以前に起こっていれば、雪穂と亮司が計画犯罪を引き起こした可能性は更に高まります。

笹垣は、「身請け」に近い状態を想像していたのかもしれません。洋介が妻の弥生子に離婚の意思を告げていた経緯もあります。この場合であれば、洋介は雪穂を自宅に連れ帰る算段をしていた事になり、彼女を図書館に迎えに行ったという6番の推理も頷けます。しかし、廃墟ビルで行為に及ぶ不自然さは解消されません。自宅がその環境下にないなら、従来通りの方法、母子のアパートを利用するか、それなりの施設に行く事が、妥当な選択肢だったでしょう。

11歳の児童の計画殺人は、心情的には頷けないものがありますが、文代のガス中毒死の背景に存在した事と、廃墟ビルという、子供たちの領域が舞台であった点を併せ考えると、十分に起こり得る出来事と判断できるのではないでしょうか?
桐原洋介殺害事件は、亮司と雪穂の計画犯罪だった可能性が高いと思われます。

寺崎忠夫の交通事故死は偶発的なものであったか?
「真犯人ではない寺崎忠夫が、容疑者扱いのままで死亡した」事実からは、「亮司と雪穂の意思が働いた」という可能性が伺えます。彼らは、自分たちの犯行を糊塗する目的と、性的虐待に対する憎悪という、二つの動機を持っていました。
恣意的なものを考慮するなら、寺崎の口から、我が子への売春強要が暴かれる事を恐れた文代も、有資格者と言えるでしょう。寺崎の死が売薬の催眠効果に影響されたものであると仮定すれば、同種の手段で自殺を図った文代への疑惑は更に高まります。
洋介のライターを用いた偽装工作も、寺崎の死が伴わなければ効力を発揮しないばかりか、真相解明の材料に転ずる危険性まで生まれてしまいます。
しかしながら、通常の売薬、総合感冒薬・鼻炎用の薬剤・咳止め用薬剤では、計画殺人が成立する程の、劇的な効果は得られません。「事故死すれば儲けもの」的な発想も、成功しなかった場合のリスクを考慮すれば、実行が躊躇われる筈です。洋介殺害事件の直後に、予期せぬ薬効を認識した寺崎が、その事態を看過するとは思えません。成人である文代には、その程度の判断力はあったと思量できます。

亮司と雪穂、文代には寺崎殺害の動機があり、雪穂と文代は、「運に任せた殺害手段」を実行に移せる機会を持っていました。ただ、容疑者の一人であった文代が、成功率が低く、リスクが大きい賭けに出るとは考え難いため、亮司と雪穂と共謀、もしくは雪穂の単独犯行の可能性が高いと思われます。

亮司の部屋の本棚には、「『自動車のしくみ』『テレビのしくみ』といった子供向けの科学本が並んでいる(文庫のP.61 単行本のP.36)」という記述があります。
子供向けの科学本から得た知識で、偽装事故を実行できたとは考えられませんが、亮司の関与を提示した文章のようにも映ります。

偶発的な出来事であった可能性も否定できませんが、通常の自損事故が起こる程度の確率だったでしょう。

川島江利子に対する凌辱行為の目的は何であったか?
当初の展開では、篠塚一成(雪穂と江利子が所属していたサークルの部長。雪穂の再婚相手の従弟にも当たる)獲得の妨げになるためと思われました。しかしながら、第7章の、高宮誠(雪穂と江利子が所属していたサークルの副部長。雪穂の一回目の結婚相手)の視点から思量すれば、江利子に対する凌辱行為の目的は高宮獲得のためであったと判断できるでしょう
一般的な物語であれば、艶やかな変貌を遂げた江利子に対する妬心も考慮しなければならないところですが、亮司と雪穂に関しては、下世話な感情を忖度する必要はないでしょう。少なくとも、亮司に与えられていた情報は、「高宮獲得」を意図したものであったと思われます。
雪穂の再婚相手の娘、美佳に訪れた奇禍は、亮司と雪穂によるものであったのか?
余りにも安直過ぎる行為なので、亮司と雪穂以外の犯行だと思いたいところですが、難しそうです。作中のタイミングで雪穂が事件を発見できたのは、2人の共謀があってこその事―、それ以外の条件では起こり得ません。
「既遂」にした理由は、以下のような事が考えられます。
  1. 美佳を雪穂の意のままにコントロールするには、極度に深刻な精神不安から救済し、厚い信頼を獲得する必要があった。と、同時に、父親に相談させない状況を作る必要性もあった。故に、精神的ダメージの大きく、肉親への相談も憚らせる「既遂」が望ましいと判断した。
  2. 亮司には、美佳に対する私怨があった。前の2人と亮司の間には直接的な利害関係がなかったが、美佳は、自分が愛して止まない女性の義理の娘、憎悪の対象になる男の実子であった事から、彼の私憤で「既遂」にした。
  3. 実は「既遂」ではない。美佳に「既遂」である心象を与えただけだった。
  4. 実は、藤村都子と江利子も「既遂」であった。或いは、藤村都子と江利子のどちらか片方は「既遂」であった。つまり、美佳にだけ特別な措置が施されたわけではない。
  5. 亮司にも、父の性癖である「少女偏愛症」が醸成されていた。つまり、「既遂」は、彼の性衝動が齎したものであった。
3番であって欲しいと思いますし、5番ではあって欲しくないと思いますが、実際の所は分かりません。(作者にも答えの用意がない、という可能性もあります)
凌辱に対する反応がいつも同じである展開には釈然としないものが残りますが、雪穂の、自身の苦悩に基いた対処に関しては、巧く表現されていたと思います。
亮司は事故死であったか?それとも自殺か?
雪穂を守るためには、事故死と映る自殺、という選択肢しか残されていなかったかもしれません。亮司には、罪が発覚した場合には、自分が全てを背負い込んで果てる覚悟ができていたようにも思えます。
雪穂の、「全然知らない人です」という台詞は、亮司の心情を十分に汲み取った上での、鎮魂の意味を込めた言葉であった、と思いたいです。
亮司の「性」に関する特異性は、心因性のトラブルによるものか?それとも、彼の意思に基いたものなのか?
『白夜行』を読む限りでは、心因性のトラブルである可能性の方が高いと思われます。12章の、栗原典子(薬剤師)との遣り取りの中に、亮司の、儘ならない性生活の詳細が紹介されています。
従って、園村友彦の窮地を救うために用意されたAB型の精液は、雪穂の協力を得て採取されたものと考えるのが妥当だと思われます。6章で、雪穂の家庭教師が目撃した、「彼女は通りに出ると、急いだ様子でタクシーを拾った」というシーンは、雪穂側の状況を記したものであったのでしょう。

亮司が典子に、「手が小さいから…」と言ったのは、父親の雪穂に対する性的虐待のシーンがフラッシュバックしたためと考えられます。11歳の時に見た光景が影響しての事でしょう。ただ、雪穂と亮司が、常人には計り知れない程の深い愛情で結び付いている場合にも、「雪穂以外の女性では果てる事ができない」状態が生まれる可能性はあると思います。

雪穂の「最愛の人」は誰であったか?
雪穂は、最終章で、自分は太陽の下を生きた事がないと語っています。しかしながら、「太陽に代わるものがあった」「その光によって、夜を昼と思って生きてくることができた」と言い添えています。この対象は、亮司以外には考えられません。店舗の名称も『R&Y』、つまり『亮司&雪穂』です。
上記の要素と、2人の堅固な連帯感を総合して判断すると、雪穂の「最愛の人」は亮司であると考えるのが妥当でしょう。ただ、今枝直巳が指摘するように、篠塚一成に惹かれていた可能性も完全には否定し切れません。
川島江利子に対する凌辱事件は、高宮誠(雪穂の一回目の結婚相手)を獲得するためのものでした。しかし、その目的のためだけであるなら、余りにも実効性の低い暴挙に出た事になります。江利子と篠塚の交際は既にスタートしていたからです。誠が割り込む余地は存在していませんでした。
篠塚に惹かれるものがあったからこその無意味な行為、とも考えられます。彼の腕時計を記憶していた不自然さも、それを裏付けています。
亮司への想いは同志愛であり、男性として愛していたのは篠塚一成だった可能性はあります。少女期の想いを全うする女より、理不尽な変節にも躊躇わない女である方が、雪穂らしいとも思います。また、彼女の場合は、最愛の人は自分自身という可能性も捨て切れません。

個人的には、雪穂の「最愛の人」は亮司であったと捉えています。「テッポウエビとハゼ」の関係にあった彼らですから、腕時計の記憶は亮司から得た情報、とも考えられます。一読者の敢え無い願望なのかもしれませんが…。

亮司と雪穂は、全部で幾つの殺人を犯したか?
未必の故意も含めると6件。
  1. 桐原洋介(亮司の実父)の殺害。殺害方法:刺殺。実行者:桐原亮司。動機:雪穂に対する洋介の凌辱行為。
  2. 寺崎忠夫(桐原洋介殺害事件の有力容疑者)の交通事故を誘引。実行者:西本雪穂。動機:雪穂に対する凌辱行為。桐原殺害事件の真相隠蔽。
  3. 西本文代(雪穂の実母)の自殺未遂を放置。結果、死に至らしめる。
    雪穂と共に文代の死体を発見した不動産屋は、彼女の身体から響く「鈴の音」を聞いている。雪穂の家庭教師は、彼女が自宅の鍵に鈴を付けて持つ事を視認している。また、不動産屋と同質の「鈴の音」を聞いている。以上の事から、雪穂が不動産屋に告げた、鍵の不所持は嘘であったと類推できる。彼女は瀕死の母親を発見したが、そのまま立ち去り、手遅れとなる状況を演出した。
  4. 松浦勇(質店の使用人)の殺害。殺害方法:不明。実行者:桐原亮司。動機:松浦は桐原洋介殺人事件の真相を知っていた。不法コピーが、松浦によって露見する可能性が高かった。
  5. 今枝直巳(興信所の調査員)の殺害。殺害方法:青酸ガスを発生させて死に至らしめる。実行者:桐原亮司。動機:雪穂に不利益を齎す情報を察知した。但し、遺体は発見されていない。
  6. 唐沢礼子(雪穂の養母)の殺害。殺害方法:生命維持装置(恐らくは酸素吸入装置)の操作。実行者:桐原亮司。動機:雪穂の新店舗オープンに支障をきたす可能性があった。
6名の殺害の他にも、3件の婦女暴行事件、暴力団員に西口奈美江(銀行員)の潜伏先を教えて殺害させた殺人幇助、花岡夕子(主婦)死亡時の真相隠蔽工作、パソコンソフト「サブマリン」の著作権侵害、偽造キャッシュカードを用いた窃盗行為、「スーパーマリオ」の海賊版販売、東亜電装・帝都大薬学部のネットワークシステムへの不法侵入等を犯しています。東野作品の中では、最多の事件数を記録しました。